【シネマのなかのリビング2】ル・コルビュジエの家

映画に出てくる住まいや暮らしの話題をつづる「シネマのなかのリビング」。

隣人が突然、家の壁にハンマーで穴を開け、
こちらの家に向けて窓を作り始めたら・・・しかもその隣人がちょっと怖い感じの人物だったら・・・。

『ル・コルビュジエの家』はそんな他人ごととは思えない設定で始まります。

レオナルドは成功した家具デザイナー。妻子と豪邸に住んでいます。
隣人のビクトルは得体の知れない感じの独り者。
ドスの効いた声で「太陽を少し分けて欲しい」といって自らの家の壁に穴を開け始めます。

レオナルドは法律を盾にとって穴を埋めるように抗議しますが、
ビクトルは「わかった。窓は中止する」といいつつも、いつの間にか窓枠を取り付けていたりなど、
のらりくらりとした態度で穴は一向に塞がりません。繊細なレオナルドは徐々にパニックに陥っていきます。

誰もが理不尽なのはビクトルの方でレオナルドは正しいと思うはずです。

ところがこのふたりの関係が徐々に変容していくのがこの映画の面白いところです。

レオナルドは強面のビクトルの前では、自分はかまわないが奥さんが反対しているなど逃げ腰の態度を取りながら、
ビクトル宅の留守番の老人を一方的に怒鳴りつけたりします。

また、仲間のセンスのなさをこき下ろす陰口をたたいたり、立場を利用して女子学生を口説いて顰蹙をかったりなど、
有名デザイナーという権威を笠にきた傲慢で独善的なところがある人物だとわかってきます。

そうした性格からか妻子とも上手くいっていないようです。

かたや一向に穴を塞ごうとしないビクトルですが、
手作りの奇妙なオブジェ(グロテスク!)を進呈してレオナルドを唖然とさせたり、
奥さんにといって花を持参したり、イノシシのマリネを作ったから食べてみないかと差し出したりなど、
押しつけがましいやり方ながら、レオナルド一家と親しく関わろうとします。

おまけに開けた穴から指人形劇を披露して、
父親に対しては無視を決め込んでいるレオナルドの娘と仲良くなってしまいます。

性格もスタイルも趣味も、
そしておそらく所得や階級も違う主人公ふたりを丁寧に描き分ける際のエピソードの数々がおかしくて笑えます。

確かにビクトルは良くないが、傲慢で裏表のあるレオナルドの態度も問題をこじらせているのではないか?
それにしてもビクトルは一体なにを考えているのか?

迷惑な隣人の話から始まった映画は、ちょっとシュールでブラックな展開をみせながら、
観る者を人と人とのコミュニケーションの難しさ、
立場やスタイルが違う者同士の間に横たわる分かりあえなさ、という問題へと引き込んでいきます。

ブエノスアイレス近郊の都市ラプラタに建っている建築家ル・コルビュジエが
設計したクルチェット邸が主人公のレオナルドが住む家として登場します。

白い外壁、ピロティ、ブリーズ・ソレイユ(陽よけ)によるファサード、
吹き抜けやスロープを介した自由で開放的なプラン、
屋上庭園などル・コルビュジエの住宅の個性がすべて盛り込まれた名作建築です。

シネマの中のリビング ル・コルビュジェの家
(C)Action Inc.

モダンアートや名作家具の数々で設えられて開放的な住宅は、
成功したデザイナーにふさわしいセンスを象徴するとともに、
そこに住むレオナルドの暮らしぶりをみる限りは、
人は建築ほどオープンにもフランクにもフラットにもなれない、という風にもみえます。

こうしたちょっぴり辛らつなテイストは、
脚本を書いたのが監督の兄で建築家でもある人物だからでしょうか。

最後、思ってもみない事件が起こります。

ル・コルビュジエの開放的な住宅とビクトルが自宅に開けた穴の2つが重要な役割を担いながら、
ふたりの主人公の本音をうかがわせるような、ちょっと怖い結末は必見です。

text and illustration by 大村哲弥(プロジェ代表)

ル・コルビュジェの家

〈作品データ〉

タイトル : ル・コルビュジエの家 EL HOMBRE DE AL LADO

製昨年/国 : 2009年/アルゼンチン

監督 : ガストン・ドュプラット、マリアノ・コーン

脚本 : アンドレス・ドゥプラット

出演 : ラファエル・スプレゲルブルト、ダニエル・アラオス

DVD販売元 : アメイジングD.C.